January 28, 2007

NPO地域水道支援センターの集い に参加して

   不合理・不条理は
         そこここに満ち満ちているが

  
  岡山でNPO地域水道支援センターの情報交換会があった。
  理事長の中本信忠長野大学教授など10人あまりの人々が集った。
  中本理事長の話
  長野県須坂市は10年前、28億円かけ給水能力一日9500トンの
  最新式の急速ろ過処理による浄水場を作った。
  ところが、最近になり機械が壊れだし、
  予想しなかった修理代が嵩みだしたのだ。
  市は、浄水場の建設費28億円と同時に
  県営ダム協力金約27億7千万円の負担もしている。
  これが、水道代金に反映され、高い水となっている。
  これに加えて最近の修理費等の負担増である。
  そこで、市はこの最新式の浄水場を休止させ、
  80年前に建設し、最新式の浄水場ができるまで使っていた
  坂田浄水場を復活させることを検討していると言う。

  ここでもか。なんと馬鹿なことをしてしまったことか。
  何十億円と言う負債をこれから先30年にわたって
  返していかなくてはならないのだ。
  でも、この話には救いがある。
  それは、昨年の10月、市はこの愚策を市民に
  わびるイベントを開いたと言うのである。
  そして、最新式の急速ろ過処理をやめ
  旧式の緩速ろ過方式(生物浄化法)に
  戻ることを検討しだした。
  行政がその失策を自ら認め反省する。
  このような行政を持つ須坂市民は
  不幸でありまた幸いであると言うべきか。

  生物浄化法でやればおいしい水が飲める。
  水質がいいだけではない。
  その建設費も管理費も急速ろ過方式と比べて
  各段に安いのである。
  それなのに、いまの日本では、
  昔あった生物浄化法が取り壊され
  急速ろ過方式へと変わってきた。
  今では、そのほとんど最新式に変わってしまった。
  なぜ、こんなことになってしまたのか。
  理由は簡単である。
  生物浄化法は業者に儲けをもたらさないからである。
  市民は「湯水のように」只に近い値段で使えるが、
  業者はそれでは儲からないのである。
  
  世の中は不合理なことが満ち溢れている。
  生物ろ過方式に代えての急速ろ過方式の普及もそのひとつだ。
  だから、そんなに大げさに言わなくてもよくある話ではないかと、
  世情に通じた人々は思うかもしれない。
  それはそうだろう。
  しかし、私は「若すぎる」のか
  いちいち腹立たしい。
  不合理なことは
  必ず廃れていくと私は信じたい。 
  
         07.01.27
  
  
   

  
  

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January 02, 2007

  今年は大戦争が起きるかもしれないらしい。

  07年が静かに始まった。
  昨年の暮れの田中宇氏の配信ニュースは
  「半年以内に米イラン戦争が始まる?」であった。
  パキスタンからアフリカまでの大戦争が起きそうだという。
  氏の記事を読むとこれが荒唐無稽の予測でないことが分かる。
  07年は、激変の年になるかもしれない。
  氏の記事は http://tanakanews.com/にアクセスして
  申し込むと無料の配信が受けられる。
  どの記事も分かりやすくて面白い。
  おお進めである。
         07.01.01

  

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December 12, 2006

善通寺市議会は元気か

 12月4(月)に12月定例議会が開かれた。
 4日は9:00に始まり、当局の議案提案が1時間ほどあり閉会。
 5日は休会(休み)
 6日は一般質問の日
   いつもより質問者多く(6人)
   普段は午前中に終わるのが、14:00で終了となる。
 7日は一般質問の予備日で、6日に終わっているので
   休会(やすみ)
 8日は議案採決の本会議
   1時間強ほどで終了。
 以上が12月定例議会の審議日程
 
  ある人によると善通寺市議会は5本の指に入るそうな。
  会議がスムースに進み、議会開会時間の短さで
  全国のNO5の内に入るらしい。

  議論する時間が少ない。
  これはほめられることではない。
  それなのに不思議なことには
  一般質問の時間制限は厳格だ。
  質問回数は3回まで。
  まず最初に全項目につき質問する
  それに、当局が応える。
  次に再質問ができる。 
  当局が応える。
  さらに三度目の質問ができる。
  当局が応える。
  これで、お仕舞い。
  なお、再質問、再々質問については、
  最初にした質問の範囲内でないものは許さない。
  また、最初の質問も事前に通告をしておかないと
  質問できない。
  そして、質問者がしゃべれる時間は
  三回の質問時間を合計して30分以内。
  (当局の答弁はこの時間制限には含めない)
  この時間をオーバーすると質問中でも
  容赦なく議長による止めが入る。
  
  本議会は公の場である。
  発言内容一字一句議事録に残る。
  その会議が形式に流れている。
  議員同士また議員と当局とが
  お互いに十分に意見を述べ合い
  よりよい決定に至るというような状況ではない。
  
  全国議長会のホームページに
  議会の活性化についての提言が載っている。
  そこでは、議会活性化のためには
  「質疑は一問一答方式がいい
   また、事前の通告もない方が
   緊張感が生まれてよい」とある。
  善通寺市議会、こんな提案
  馬耳東風。わが道を行くだ。
  一番の被害者は
  質問する時間を制限されて
  やりにくさを感じている議員というより
  市民であると思うのだが。
  議会審議の内容ではなく
  会議時間の短さを嘆くなんて、
  情けない。
          06.12.11
  
  
  

  

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December 11, 2006

買田池の臭い水から解放される日も近い

 
 12月定例議会報告
  ○地下水源の開発が本格化してきた。
   夏、7ヶ所ほどの保全井戸などを調べたところ
   水源として使える可能性が高いことが分かった。
   冬場も十分な水量が確保できるかどうかの試験をやる予定とのこと。
   ここで、OKとなると、買田池の水を止めて、
   地下水に切り替えていくとのことである。
   臭い水からの解放の日もそう遠くはない。

  ○花公園
   一般質問で
   市民は公園を求めているようにも思えないし、
   また福祉や教育などの施策で必要度の高いものが他にあるのではないか。
   だから、公園建設は一旦、中断し、再検討してはどうかと聞いた。
   当局は再検討しない。進めるのみとの答弁であった。
 
               06.1211
   
  
   
  
   
   
   

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October 25, 2006

公園を作るということ

 
  善通寺には公園が少ないといわれている。
 そのせいだろうか、最近、市は立て続けに公園を作ってきた。
 ボランティア公園を3ヶ所、鉢伏ふれあい公園(約24000平方メートル)
 丸山公園(約3000平方メートル)などを作ってきた。
 そして、いま計画されているのが花公園である。

  公園つくりにはどれくらいのお金がかかるのだろうか。
 ボランティア公園の場合にはそれぞれに1千万円を市が出して、
 後はその地域で建設・管理をすることとしたので、
 経費をほとんどかけずにやれた。
 ところが、鉢伏公園の場合はそうはいかない。
 約11億円のお金を使っている。
 うち約8~9億円は市債の発行、つまり借金でまかなった。
 公園が開設した後は毎年約3000万円強が管理費として
 かかる。
  ところで、今計画されている花公園は、
 鉢伏公園よりも多額の建設費を要することだろう。
 また管理費も鉢伏公園以上にかかることが予測される。
 ちなみに、市の一般会計は約120億~130億円である。
 このような小さな財政規模の自治体にとって、
 10億を越えるお金は大金である。
  この大金を使うだけの公園つくりへの市民ニーズがあるのだろうか。
 高齢者への介護施策は十分か。
 教育への取り組みは十二分か。
 障害者が生きやすい町になっているか。
 低所得者が安心して暮らせる町だろうか。
      06.10.25記
  


 
 

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October 13, 2006

北朝鮮の核実験

 
  マスコミは北朝鮮の核実験報道で持ちきりだ。
 政府は、いまにも、
 鮮半島から核ミサイルが飛んできろうな事態に対処するような対策を口走る。
 でも、この核実験がそんなに大変なことなのだろうか。
 確かに、核実験などするのはけしからんと思う。
 が、インドがそれをやったときどうだろう。
 米国が中国がやったときはどうだったのか。
 この「空騒ぎ」は世論誘導、国民洗脳の一大イベントではないのかと
 思ってしまうのは「平和ボケ」の私の偏見なのか。
 
  今現在、毎日頭の上から爆弾が降ってくる下で暮らしている人々が居る。
 自分の身に降りかかるかもしれない「不確定未来」を杞憂する想像力があるなら、
 今現在、この地球上で起きている戦争の惨状にその想像力の一部でも
 使うことはできないのだろうか。
 でも、人間の脳にはこの程度の能力しかないのかもしれない。

  驕るなかれなかれ、人間たちよ。
 願わくば、自爆テロの巻き添えに会っている人々に、
 人類の英知が生み出した最新技術で日々隣人が肉親が
 殺されている人々に、一時の安らぎを。
 神、仏がいるのなら、そのささやかな慈悲を。
      06.10.12記
 
 

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October 07, 2006

花公園の建設について


  善通寺花公園建設の実施設計案が提示された。
 市の北西、我拝師山の北側の裾野に4ヘクタールの広さの
 公園が予定されている。山すそを削って棚田風花壇や多目的
 広場、体験学習棟などを配置した花公園である。1年ほど前から
 建設の話が出ていたが、ここにきて公園のデザインが出来、
 いよいよ、建設が具体化してきたのだ。

  建設費についての金額までは提示されなかったが、
 十億を越す建設費がいるのでないかと推測される。
 市の一般会計の規模は110~20億円程度であるので、
 十数億の建設費は市にとっては大事業である。

   この公園、多くの市民が切望しての建設ではない。
  当局主導の公園作りだ。

   この公園、今必要なのだろうか。
  いま市がやらなくてはならない急を要するお金の使い道は、
  他に山とある。

  農業者は元気か、小商店は資金繰りに追われていないか、
  倒産で首くくろうかと思ったりしている人はいないか、
  介護は、老後の生活は、障害者の生活は、
  教育のためのお金は十分なのか、
  あと家賃が3万円安かったら、
  夜のアルバイトに出なくて子どもと一緒に居てやれるのに
  と嘆いている母子家庭はいないか、
  市民はおいしい水道水を飲んでいるか、
  チョッと思いつくだけで、
  市が早急に取り組まなくてはならない仕事は
  他に山とある。
   いま、なぜ、花公園なのだろうか。

            06.10.06記


   

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September 20, 2006

200万都市が有機農業で自給

 吉田太郎氏の著書に「200万都市が有機野菜で自立できるわけ」
 「1000万人が反グローバリズムで自給・自立できるわけ」(築地書館)
 の二著がある。
 キューバはソ連の衛星国だった。
 ところが、1991年ソビエト連連邦が崩壊し、
 その結果、キューバは存亡の危機に立たされた。
 石油がない。したがって、農業生産も崩壊、
 キューバ国民は餓死の危機に瀕することになる。
 そこで始まったのが石油がなくてもやれる農業生産、
 つまり、有機農業であった。理念から出発したのではなく
 背に腹変えられない危機の打開策としての有機農業の
 始まりである。
 亜熱帯の気候風土の中での有機農業である。
 有機農業の条件としては難しい所である。
 
 あれから、十数年が経過した。
 キューバ1000万国民は有機農業によって
 食糧を自給して、以前と同じようにラテンアメリカ特有の
 明るい生活を謳歌している。

 このキューバの現状を30分ビデオにコンパクトに
 まとめたDVDが最近作られた。
 題して「サルー(健康)ハバナ」(監督・撮影・編集:井坂 泰成)である。
 その中の一コマ。
 石油不足で車を十分に走らすことができない。
 そこで起きたのがヒッチハイクの流行である。
 マイカーに多くの市民が手をあげてヒッチハイクする。
 車不足を解消する自然発生的な生活知である。
 物の不足を市民の助け合いが補っている。
 その光景からは物の欠乏による貧困感はない。
 市民はヒッチハイクを楽しんでいる。
 GDPで日本と比較すれば何百倍もキューバが貧しいはずだ。

 豊かさとは・、貧しさとは?
 何なのだろうかと考えさせられる
 光景であった。

     06.09.19

 
 

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September 13, 2006

どう考えたらいいのだろうか

  各家庭の水道メータから蛇口までにおいて、漏水があった場合
 その漏水の水道料金は通常、その家庭が負担している。
 故意に水道水を垂れ流しした場合に、料金負担をするのは
 当然なことであるが、しかし、まったく故意も過失もなく
 漏水が起きた場合、その料金をその家庭に全額負わせるのは
 当然といえるものかどうか?
 メータ計から蛇口までの配管の管理はその家庭にあるのだから、
 過失なく管が壊れて漏水した場合にも、その責任を負い漏水の
 水代を負担するのは当然であるとの考え方もできる。
 しかし、そこまで負担させるのは酷であるとの考え方も常識はずれとは
 いえないようにも思われる。
  さて、この問題どう考えたらいいのだろうか?
  
                 06.09.13記
  
 

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September 06, 2006

善通寺東中学の校舎老朽化問題

 
  昭和30年代に建築された校舎が
 老朽化して、危険なので新学期から
 そこを使っての授業ができなくなっている。
  鉄筋コンクリートは50年を経ずしてダメになるのかと
 と思っていいたら、
 実は、当時の建築に手抜きがなされていたとの
 噂話を聞いた。
 当時はコンクリートの価格が高かったので、十分なコンクリートの支給が
 ないままに、表面だけをコンクリートで固めた工事をやったというのである。
  よくぞ、事故もなくこれまでやってこれたものだ。
 
                06.09.05記
 

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